episode 12:

勝俣雄大の場合

母さんを焼き殺したチームを僕は許さない。僕を悪魔扱いしたあいつらのほうが悪魔じゃないか。人間はみんな悪魔だ。どうしてこうなったんだ。人間が人間を殺しているだけなのにどうして誰も気がつかないんだ。悪魔はたぶんどこかで人間同士の殺し合いを黙って見ているだけだ。どうして人間は自分を正しいと思い込めるんだ。自分の正しさを守るためにならどうして暴力をふるえるんだ。掲示板もツブヤキも誰かを攻撃するために使う人間はみんな自分を正しいと思い込んでいる。そして自分と違う意見は全部自分のすべてを否定していると思い込む。人はみんなちがうのに。ちがっていいってみんな言うくせに。あんなの全部嘘だ。シェアされる偽善な言葉も誰かの美談もなんの力もないじゃないか。自分を肯定するためにそれを使って、自分を否定するものを否定するためにそれを使って。みんな自分のためにしか結局は動いていないくせに。追いつめられるとこんな風に本性をあらわすくせに。

ただ煙を吸い込んで、たったそれだけで死んだ母さんは、死んだあとも生きているみたいにきれいな顔をしていた。人間はずいぶん簡単に死ぬ。僕はこのひとから生まれた。このひとは僕を生んだ。そのことに何か意味があったんだろうか。何も意味がないとしたらなんだか母さんがとても可哀想になった。

僕はあと何日学校の裏山のこの祠のなかにいるんだろう。夜になっても空腹と寒さで簡単には眠くならなかった。このままここでじっと痩せてミイラみたいになって死ぬのかな。そのまえにあいつらをできるだけ殺してやろうか。そのまえに母に向かって火炎瓶を投げたあいつらの家族を奪ってやろうか。僕はじっと膝を抱えて境内に落ちていたミカンをむいて食べた。でもきりがない。何人殺したってあいつらはわきでてくる。暴れる僕の情けない姿を見てやっぱり僕らを始末して正解だったと思うだけだろう。何をしても思う壷だ。誰の壷なんだ。誰がこんな風になることを望んだんだ。もし誰も望んでいないとしたら。世界は何のために始まったんだ。虚しさで胸がいっぱいになった。僕はあと何日この祠のなかにいるんだろう。外で小さな犬の鳴き声がした。木のかげに足をケガをした子犬がいた。祠の扉をあけて近づいた。子犬はあきらかに警戒したけれどケガがひどいようで動けずにその場に小さく丸まった。その背中に手を伸ばしたときだった。空が急に明るくなった。夜がいきなり白くなった。遠くに光の塊が見えた。聞いた事のない低い地鳴りがもの凄い幅でやってきた。向こうの町のタワーマンションたちがどんどん光に飲み込まれていった。すべてがスローモーションだった。急に気温があがった。僕は子犬を抱きしめた。世界が終わる。そう思った。僕はゆっくり目を閉じた。怖くなかった。こうやって誰かに包まれるように僕は消えるのかもしれない。こんな感じで母さんも世界から消えたのかな。だとしたらそう悪くはないかもしれない。その時だった。誰かに腹を殴られた。そしてそのまま担がれた。もう次の瞬間にはもの凄いスピードで空を飛んでいるのがわかった。光が町を包んでいくのが見えた。僕を担いだ誰かが言った。

「目をつぶれ。そうしないと潰れる」

低い女の声だった。僕は目をつぶった。光の放つ熱を徐々に感じなくなった。風がもの凄い音をたてていた。

「もう少しだ」

どのくらい飛んでいただろう。何時間か。もしかしたら数分か。時間の感覚がなかった。そこはどこかの山の上だった。山小屋の外は雪で覆われていた。

「君はだれ?」

僕をそこへ連れてきたのは顔に黒い痣のある女の子だった。

「私はデビルマン」
「何それ?デビルマン?」
「悪魔と人間のあいだの生き物」

からかっているようには見えなかった。

「あの光はなに?」
「核だ」
「核?」
「どこかの馬鹿が戦争を始めた」
「悪魔を殺すために?」
「人間が人間を殺しているだけだ」

僕は言葉がでなかった。

「人間のほうが悪魔だ」

彼女は言った。

「そうかもしれない」

僕がそう言うと強く風が吹いた。彼女の黒い服がバタバタと固い音をたてた。

「何もできなかった」

彼女が低い声で怒りを込めてそう言った。僕の膝の上で子犬が小さく鳴いた。遠くの空にまた大きな光の塊が見えた。それからしばらくしてあの嫌な地鳴りのような音がして山小屋の窓が小刻みに揺れた。

「戦う意味がなくなっちゃったよ」

彼女の赤い瞳から涙が流れたのが見えた。
綺麗だな、と思った。

NURO DEVILMAN 作:高崎卓馬 デビルマン 原作:永井豪

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