本山優の場合
青柳さんのすべてが好きだ。指の細い男のひとはカッコイイ。私は青柳さんにならすべてを捧げられる。世界を恐怖に陥れるあの憎い悪魔と戦い、政府と渡り合い、今や世界的な悪魔対策の権威になった青柳さん。あの細い体の一体どこにそのエネルギーがあるんだろう。助手になってまだ半年だけれどあのひとの活躍がなかったら今頃世界は悪魔に支配されていたにちがいない。青柳さんは神様だ。なのに美佳ったら。あのおしゃべりな美佳が青柳さんの変な情報を私に入れるから私の毎日は少しペースが狂ってしまった。「青柳さんには好きなひとがいるらしい。その人以外の人とつきあうことは絶対にないらしい」そんなこと知らない。そんなの関係ない。私の青柳さんへの愛は絶対だ。私の愛のこの強さがあればそんな過去の女なんかすぐに忘れさせてあげる。私は青柳さんのためならなんだってするもの。あ、青柳さんだ。
「お疲れさまです」
「うん」
ウン。だって。しびれる。ダンナ様みたい。
「何か飲みますか」
「ん?何?」
あらやだ。私、緊張して声が小さかったみたい。
「あ、コーヒーを」
なにそれ。本当は聞こえていたの?
「今日は遅くなるから君、先に帰っていいから」
うそー。まだいるいるー。
「わかりました」
聞いちゃおうかな。
「青柳さん」
「ん?」
「青柳さんって好きなひといるんですか?」
「・・・・」
青柳さんが一瞬すごく怖い顔をした。私は言ってはいけないことを言ったみたいだ。
「君、施設に行く?」
え?何言ってるの?
「少し薬使おうか」
青柳さんが立ち上がって私の首に小さな注射針を刺した。すぐにぼんやりした。深く考えるのがめんどくさくなった。でも悪い気分じゃなかった。なんとなくぼんやり。そんな感じ。青柳さんが奥の部屋に入っていった。その部屋に黒い服を着た変な男がガラスケースのなかに入れられていた。デビルマンっていうんだって。悪魔の攻略を考えるのに必要な情報を手に入れるためにいわゆる人体実験をしてるって言ってた。臭い液体のなかで男は青柳さんを見つけて睨みつけている。気持ち悪い男。私、ニガテ。
「飛鳥さん」
そう言うと青柳さんがガラスケースに手を触れた。あの細い指で。
「僕、すごくいいことを思いついたんです」
なんだろう。ステキ。
「今からあなたを公開処刑します。世界に公開します。捕獲された悪魔はあなたが初めてですから。まだ世界には悪魔の存在を信じていないひとがいるんです。あなたの存在をオープンにしたら私たちの仕事は格段にやりやすくなる」
ガラスケースのなかの男が目を赤くした。男の声が頭のなかに響いた。おかしいな。液体のなかの男の声がする。あ、テレパシーってやつ?
『悪魔にもなってない人間を殺すのはやめろ』
「悪魔になってからじゃ遅いんですよ」
青柳さんは声にして返した。ふたりの会話にワタシは入っちゃいけないからじっと聞いてた。それにしてもいい声。
『人間の弱さを認めろ』
「そこが悪魔の入口になるんでしょ?塞ぎますよ僕は」
『弱さを認めることも強さなんだ』
「何哲学的なことを言っちゃってるんですか。そんなのいらないです」
『それに俺は悪魔じゃない』
「どっちでもいいんです」
『どういうことだ?』
「悪魔の存在を証明できるものがあれば、それでいいんです。ある意味、飛鳥さん。あなたは世界を救う救世主なんです。たぶん歴史上は最初にとらえられた悪魔、となっちゃうかもしれませんが。たぶんあなたのおかげで世界中で悪魔狩りは加速しますよ。感謝します。全部終わったら石碑でもつくってあげますから。方法は想像していたのと違うかもしれないけどまあ、結果が同じなら本望でしょ。感謝してくださいよ」
そういいながら青柳さんはカメラをセットしてすべての機材を並べ終えた。
「君、まだいるなら手伝ってくれる?」
青柳さんが私に気がついた。なんて光栄な。私はとびっきりの返事をした。
「ハイ!」
その瞬間、私は世界の目になった。世界が一番見たい物を撮るカメラマンになった。私のカメラのなかで青柳さんが言った。
「みなさん。青柳優斗です。今日はこのインターネット中継でみなさんに素晴らしい瞬間を共有したいと思います。私たちチームはついに悪魔の捕獲に成功しました。それがこの男です」
私がガラスケースにカメラをむけると、飛鳥了と言われる男は目を閉じた。
「ここにいる男は一見普通の男です。ですがこの男は悪魔なのです。ごく普通の毎日のなかに悪魔が潜んでいるという実例です。なかにはまだ悪魔の存在に疑問をもたれている方もいるかもしれません。よくみておいてください」
青柳さんは何かのスイッチを押した。もの凄い音がした。液体の表面が小刻みに震えた。中にいる男が叫んだ。目を開けた。苦しそうにこっちを睨んだ。青柳さんがもうひとつスイッチを押した。すると男の顔が奇妙に黒くなりはじめた。そしてそれはみるみる大きなまるで何かの鳥のような、ふたつの斧のような痣になった。男は叫んだ。男の口から黒い何かが飛び出した。それはすぐ蛇のような形になってそれを握りつぶす動物の手のようになり、握りつぶしたその手は破裂してそこから現れた赤い血がミミズのように広がった。そういう得体のしれない動きを次々にしてその黒ずんだものは動かなくなって水の底に沈んでいった。男の頭から見た事もない白い翼が生えてきた。なんてバランスの悪い形だ。男の手足が鳥の足のようになった。
「現れたな悪魔め」
青柳さんが言った。