episode 07:

小林則光の場合

先週面接を受けた子供服の会社からはついに連絡がなかった。つまり落ちたということだ。子供なんか好きでもなんでもないし、子供服のメーカーなんか行きたいと思ったことはなかったけれど数十社も受けて唯一、二次面接に進んだところだった。自分の実力より下に見ていたせいだろうか、ずいぶん落ち込んだ。もしかしたら社会は自分を必要だと思っていないのかもしれない。そうなんだ。僕のような男がいなくなっても時計は止まることはないし、新聞は配られるし、テレビはくだらない芸能人の私生活をいじりつづける。不必要な人間なんだ。就職したとしても子供の頃思っていたような人生なんかどうせ手に入らないのはもうわかっている。毎日行きたくもない会社に通って、毎日帰りたくもない家に帰って、ため息をつきながら働くのが関の山だ。もともと人生を楽しむ才能なんかない。そもそも人間はいったい何のために生まれてくるんだ。80年もたったら皺だらけになって、もらしたり、自分の名前を忘れたりしながら死んで行くだけじゃないか。生まれたら死ぬまでただ時間を潰しているだけなんじゃないか。喫茶店で一日中クロスワードパズルをやっている太ったババアと皆大差ない。時間を潰すために遊び、時間を潰すために働き、時間を潰すためにつきあって、時間を潰すために酒を飲み、時間を潰すために家族を作っているんだ。結局何も生まず。芸術と言われるものたちだってなんだか怪しい。価値があるかどうかわかりもしない落書きのようなものに驚くような値段をつけて。ガキの描いたウンコとピカソの描いた画になんの差があるんだ。しょせん世界はそうやって時間潰しの嘘でできているんだ。だから生きることにたいした意味なんかない。もちろん死ぬことにだってたいした意味なんかない。そのことを皆で隠しているだけだ。僕はもう騙されない。糞。

動画サイトのトップに変なものを見た。動く黒い霧がうつっている。CGには見えなかった。でも最近のやつは巧妙だからな。凝視する。音楽がなかったせいか妙になまなましかった。妙に気持ちがざわざわした。なんだこれは。真ん中に男がいた。その周りにはなにかの図が書いてあった。魔法陣みたいだ。何かの映画で見た事がある。魔法の実験か?見ていると男が霧に包まれた。そしてのたうちまわった。霧は男の体のまわりをうごめいていた。次の瞬間驚くことが起こった。男の顔が蛇になった。気持ち悪かった。その瞬間を見ようと一時停止して少し手前からゆっくり再生した。男が叫んだ瞬間にその口に黒い霧が入り込む。ある塊を吸い込んだ瞬間、ひどく顔が腫れたと思ったらあっと言う間に男の顔は蛇になった。気持ちの悪い目。細長い舌。触らなくてもわかる大蛇の皮膚のぬめっとした質感、蛇になった男は窓から外に飛び出した。魔法陣だけがそこに残っていた。すぐに検索した。異常な数の書き込みがあった。なかに稲垣という新聞記者のブログがあった。そこにこの魔法陣の秘密があった。本人はブログを閉じていたが、誰かがそのページを捕獲していた。悪魔の力を手に入れる方法。デビルマン。人間は今悪魔たちの攻撃を受けている。その攻撃は心の弱さを入口にして繰り広げられている。ただごく一部の正しく強い心の持ち主だけは悪魔にならずにその力だけを手に入れることができる。それがデビルマンだ。とそこには書いてあった。

必要な薬品は簡単に手に入った。魔法陣の真ん中で僕はもういちど携帯を確認した。子供服メーカーからの着信はなかった。大きく深呼吸した。霧がいつのまにか目の前にあった。僕はもう考えるのをやめた。

荒れた境内の祠のなかに僕は身を隠していた。もう少ししたら夕方になる。そうするとここには子供がたくさんやってくるだろう。あのブランコあたりに何人か集まったら一気に飛び出して喰ってやる。頭からだ。その様子を見た親の絶望をまた喰ってやる。僕は息をひそめた。人生でこんなに充実感のある瞬間がくるなんて。涎がとまらなかった。拭こうと思ったが手がなかった。僕はもう一匹の蝮だった。あまりいい見た目じゃない。でも気にならなかった。なんといってもこの素晴らしい充足。充足は体の奥の尾にまで満ちていて力になっていた。なんでもできる気がした。子供たちの声がした。思ったより多い。僕は奴らがランドセルを置く瞬間を待った。

数日たった。僕はもう僕でいるのが面倒だった。一日のうちこうやって何かを考えるのは数分のあいだだった。それ以外の時間を僕はどうやって過ごしているのかはわからなかった。どうでもよかった。

数日たった。そんな気がする。僕の意識がひさしぶりに戻った。体が蜘蛛の糸のようなものに絡めとられていた。まわりの壁を見ると潰れた蠅のように人間の欠片がこびりついていた。血が黒く固まっているからだいぶ前のものだろう。おそらく僕が喰らった残りかすだ。僕は蜘蛛の糸に絡まって宙に浮いていた。ビルの屋上に数人の男たちが見えた。槍のようなものを持っていた。ひとりが僕の目に長い槍を突き立てた。目玉のなかに槍が入り込んだ。痛くはなかったがむかついたから吠えた。声は遠くの雷のように響いて張り巡らされた糸を揺らした。いつのものかわからない夜露のようなものが糸から一斉に落ちた。雨のように光りながら落ちる水滴は綺麗だった。
男たちは隊列を組んで横に5人並んだ。そして号令とともに槍を一斉に尽きたてはじめた。そして何列もがそれを繰り返した。無駄だ。でも男たちは繰り返して攻撃をしてきた。長篠の戦いかよ。戦国時代かよ。信長の戦術かよ。そう思いながら男たちの攻撃がおわるのを待った。攻撃がやがて終わった。男たちは訓練された軍隊のようには見えなかった。若かった。なんだろう。わからなかった。ひとりの男が見慣れないものを重そうにもって近づいてきた。嫌な予感がした。消火器の馬鹿でかいやつみたいなそれは僕にむけられた。火炎放射器か。映画で見たことがある。

男たちはそれに火をつけた。そして僕の口に刺さった長い槍を数人がかりでぐいぐい動かした。口を閉じていられなくなった。涎があふれた。その瞬間、あいた口のなかに炎がぶち込まれた。熱い、熱い、熱い、熱い。炎が腹のなかに入り込んできた。どうしようもなかった。暴れているうちに蜘蛛の糸が切れて地面に落ちた。逃げようと這いつくばったが、体にもう力がはいらなかった。黒い霧が口から出て行くのが見えた。捕まえようとしたけれどあっというまに空に散った。手があった。人間の手だった。顔をさわった。鼻があった。口があった。元に戻っていた。でももう力がはいらなかった。涙がとまらなかった。男たちが槍を持って僕のまわりを囲んでいるのがわかった。

「悪魔め」

誰かがいった。その瞬間一斉に槍でなんども刺された。僕は何もできなかった。僕はもう僕でいるのが面倒だった。考えないようにした。力はどこにも残っていなかった。めった刺しにされながら次はもう少しまともな人生だったらいいな、と思った。そういえばずっとお母さんと話していなかったな。昔作ってくれたいびつなオハギがもういちど食べたくなった。口のなかに涎がたまった。また声がした。

「悪魔め」

そして、すべてがようやく終わった。

NURO DEVILMAN 作:高崎卓馬 デビルマン 原作:永井豪

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