episode 04:

菅井孝之の場合

突然の人事異動だった。商品企画がやりたくてこの自動車メーカーを選んで、希望通りの部署に配属され、ようやく自分のプロジェクトチームをもてたその矢先だった。自分の後釜はオーナー一族の鈴本だった。なんの能力も人望もない僕より7つも年下の奴だ。なぜ?自分になんの落ち度があったのか見当もつかない。

「今までの君の作業は十分評価されるだろう」

人事部長がそう言った。半笑いに見えた。

「ですが、これからなんです。これから技術的な改良をしていかないと」
「だからその技術的な改良を新しいチームでやる」
「このプロジェクトは自分の人生なんです」
「それは君の人生だろ。会社は君の人生とは関係ない」
「何の落ち度があったんですか」
「今までの君の作業は十分評価されるさ」

人事部長がそう言った。半笑いに見えた。胸の奥のほうに原油のようなものが広がっていくのがわかった。フロア中の視線を感じた。ふりかえったら皆が見ていた。奥のほうに矢野が見えた。矢野はいつも意見を対立させる男だ。矢野の了見の狭さが嫌いだった。作っているものの善し悪しではなく自分の体面を気にする。企画の脆弱な部分をひとつ指摘すると十の言い訳をする。自分がいかに真面目に取り組んできたかを延々と語る。そういう男だ。矢野の口元が歪んでいた。笑っていた。矢野と鈴本は大学の先輩後輩だった。矢野の後ろに鈴本が見えた。鈴本が矢野に何かをささやいた。矢野がこっちを見てまた笑った。矢野のやつめ。くそう。

「あんまり面倒な態度をとるな。あとに響くぞ」

人事部長が肩を叩いて出て行った。

帰りの電車で自分はずっと変な汗をかいていた。まさか自分が総務に行く事になるとは。ずっと追いかけてきた夢はなんだっけ。自分はこのままどこに行くんだろうか。矢野の顔が浮かんだ。また胸の奥のほうに原油がわいた。鈴本が笑っていた。原油が耳の裏から流れ出た。人事部長の口元が歪んだ。目を閉じた。自分は何だ。あんなに色んなものを犠牲にしてやってきたのに、部下のいわれなき恨みを買ってそんなくだらないものに夢をつぶされてしまって。くそう。くそう。くそう。「あんまり面倒な態度をとるな」面倒な態度。態度。たいど。タイド。タイド。タイド。叫びたくなった。目の前で携帯を触ってるOLの鼓膜が破れるほど大声で叫びたかった。つぎつぎにそこら中のひとの頭をわしづかみにして叫んでやりたい。衝動がわき起こった。胸のなかの原油がもの凄いスピードで涌き出した。まるで沸騰だ。くそう。くそう。もう何もかもどうなっても構うもんか。

人が邪魔であまりよく見えなかった。誰かが暴れているようだ。男の声がする。しばらくしてやめろ!という声がした。いちど奇声が収まったが、またすぐはじまった。人がそこから離れようとしてこっち側に寄ってきた。他人の奇行のおかげで自分のなかの衝動は収まっていた。誰かが怒ると自分の怒りはどこかにいってしまう。それと同じだ。危なかった。奇声は続いていた。窓に頭をうちつけている。もう誰も止めようとしていなかった。血だらけになったその男がゆっくりこっちを見た。目があった。

      自分だった。

そこにいたのは、自分だった。どういうことだ?原油があふれ始めた。手を見ると真っ黒だった。やめろこっちを見るな。やめろ近づくな。やめろ笑うな。奇行をあげていた自分は、血だらけの顔で笑いながらこっちに手をふった。やめろ。お前はなんだ。お前は誰だ。駅に着いた列車のドアがあいた。飛び出した。奴も隣のドアから飛び出してきた。そしてこっちに向かって歩いてきた。叫んだ。さっき奴が出していた声と同じものだった。その声をかき消したくてまた叫んだ。それでもその声は奴の声と同じだった。奴が嬉しそうに真似をして叫んだ。自分の声とそっくりだった。わけがわからない。わけがわからない。奴の体をつきとばした。反対側の線路に奴は転げ落ちた。妙に体が軽かった。急行が通過した。奴の体が飛び散った。真っ黒な液体がそこら中に飛びちった。胸のなかに湧いて来るあの原油だ。もういちど叫んだ。こんどは何かの動物のように長く。何かを呼ぶように体のなかの残った空気を全部吐き出した。体が軽くなった。そのとたん体が風船のようにふくらみはじめた。もうどうでも良かった。あっというまに体が丸くなった。後ろを振り返った。携帯をいじっているさっきのOLがまだ携帯をいじっていた。ふりかえるのをやめた。そのとたん自分の体は破裂した。まわりに黒い原油が飛び散った。

不動明はホームにいた。菅井孝之の破裂から30分後だった。まだ気配がした。近くにいる。霧とは違う種類のやつだ。あたりを何度も見回した。気配が動いた。ゾルドバという悪魔だと飛鳥了が言っていた。糞みたいな奴だ。そう吐き捨てるように言いながらそのゾルドバの特徴を言った。「吹き矢のように人間の心に小さなトゲを刺す。心が弱く耐えられぬ奴はすぐに破裂する。そうでない奴もじきに破裂する」デビルマンも例外じゃない。

「弱点は?」
「そのトゲさ。自分に刺せば奴も破裂する」
「なるほど」

不動明はゾルドバの気配を捕まえた。逃がす事はない。そう確信した。ゾルドバがこっちを見てその動きを止めた。巨大なサンショウウオのように見えた。

「お前がアモンを乗っ取った人間か」
「悪魔のくせに喋るのか」
「質問に答えろ」
「うるさい」
「お前はアモンか?それとも人間か?」
「うるさい」
「裏切り者め」

ゾルドバがトゲを吹いた。その瞬間を不動明は捕まえた。トゲを右手でつかむとすぐゾルドバに飛びついてその腹部にトゲを刺した。

「お前ごときがアモンに勝てると思ったか」

 

不動明は自分でそう言いながら、自分の言葉にそれが聞こえなかった。

「お前、アモンの記憶が残っているのか」
「うるさい」
「アモンよ、使命を思い出せ」
「うるさい」

不動明が離れると、ゾルドバの体はあっという間に膨らんでそして破裂した。けれどあたりの人間には不動明もゾルドバも見えないみたいだった。OLの足下でゾルドバは腹をみせてのたうちまわっていた。やがて風船みたいに膨らんで破裂した。黒い液体がOLに飛び散った。OLは何も気がつかずにずっと携帯をさわっていた。

NURO DEVILMAN 作:高崎卓馬 デビルマン 原作:永井豪

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