episode 02:

不動明の場合

祐天寺の駅を降りたとき青柳君がいることに気がついた。別に嫌いではなかったけれどとくに相手をする理由はなかった。色白で背の高い彼は何度か私に声をかけてきた。こういうことは何度かあった。おそらく今までの人と同じで何度か笑顔を返しているとどこかに呼び出されて告白をされる。好きだと言われて、好きだと言わされる。私は人を好きになるということが正直わからない。
相手に何かを求めて、同じものを喜ぼうとする。そして少しでもそれがズレるとその好きだという気持ちに傲慢を許す。同じであることを求めることは人を傷つけることなのに。人は何度もそれを繰り返す。私にはどうしてもそれが理解できない。私が普通のひとと違うから、かもしれない。

私はずっとひとりだった。誰も私を理解することはできないことは子供の頃からわかっていた。十数年前にひとつの事件があった。それが私の人生を変えた。

その日、小学校は騒然としていた。たくさんのパトカーがやってきて黄色いテープが張り巡らされて、誰も中に入る事を許されなかった。校舎から少し離れたプールの更衣室で変死体が見つかったらしい。死体は中年の男で顔を削ぎ落とされていてどこの誰かはわからないらしい。その情報はたくさんの野次馬を集めた。やがてテレビもやってきて私はその様子をひとり家のテレビで見ていた。自分の小学校がテレビに映っているのは変な感覚だった。テレビが遠くから学校のプールを映した。その瞬間、黒い霧のようなものが動くのが見えた。吹き出して何者かにまた吸い込まれるような動きを繰り返していた。「悪魔だ」直感的にそう思った。その瞬間、頭を誰かに激しく殴られたような痛みが走った。口のなかに血が走った。血は口いっぱいにあふれて鼻まで塞いで激しくむせた。

突然、更衣室が脳裏に浮かんだ。黒い霧がひとりの男を襲う。男は霧に喉をしめられて苦しんでいる。顔を霧が覆うとほどなくして男の手足の動きが消えた。霧は男を離れまるで大きなヤモリのような動きで部屋の天井の隅にひそんだ。男の死体には顔がなくなっていた。叫び声が聞こえた。ドアの向こうで小学校の担任が尻餅をつくのが見える。床に顔が落ちていた。父だった。

洗面所にかけこんだ。気分が悪かった。指を突っ込んだけれど吐けなかった。

水を全開にしてとにかく口のなかを洗った。さっき見たものはなんだ。私になんの関係があるんだ。鏡を見た。私は声を失った。顔が大きな痣で覆われていた。なんだ。なんどもなんども水で洗った。落ちなかった。大きな動物の爪痕のような痣だった。突如胸の奥から原油のような色をした怒りがわき出してきた。何に対してなのかわからなかったけれど止めようのないものだった。怒りにまかせて私は吠えた。町が震えるほどの遠吠えがした。そのまま窓をうちやぶり私は走り出していた。毛穴のすべてに空気が入り込んできた。飛べば飛べそうな気がした。全身に力が漲っていた。力が私の体を支配して勝手に動いていた。いつのまにか校舎の屋上に立っていた。プールが見えた。プールの水は真っ黒だった。そこに目があった。そして口が開いて低く笑った。警官たちは気がつかない様子だった。私はなぜだかそのプールにいる得体の知れぬものに激しい怒りを感じた。それは私ではない何かの感情だった。轟音がした。私の怒りに反応したようにその黒い霧が矢のようになって私の体を射抜こうとした。

よけたつもりだった。でもそれは下腹部を突き抜けていた。そのまま全身をきつく締めつけてきた。こいつは生きているの か。私 はこ い つの 敵なの か。私の体 の なか                   にある   どす黒い  怒りはなん                                 なの  か。こ                                    の痣    は  なん      な                              ん                だ   。

目が覚めたとき、私は町で一番高い学校の裏山の鉄塔のうえにいた。大きな男が背中をむけて立っていた。

「死なれたら困るんだよ」

振り返った男の顔には私と同じ色の痣があった。そしてこう言った。

「私の名前は飛鳥了。よろしく」

祐天寺の住宅街の角をまがったとき悪寒がした。久しぶりの感覚だった。

振り返ると黒い霧がいた。そしてそいつは父を襲った更衣室のときのようにひとりの男を襲っていた。霧に飲み込まれる男の顔が一瞬見えた。青柳君?なぜ?私を追ってきた?馬鹿な。霧はあっという間に男の体を持ち上げた。私の体にまたあの原油のような怒りが涌き出した。それはすぐ力になった。私はあの時と同じ失敗はしなかった。霧の背後にまわって渦の中心にまっすぐ腕を突っ込んだ。そして人間の腕をつかんで引きずり出した。生まれたての子牛ように羊水のような粘着質の液体にまみれた青柳君が道に転がった。そしてすぐむせび出した。霧は目と口を作って私を威嚇してきた。私はひるまずに構えた。霧の弱点は知り尽くしている。刹那、霧の口のなかに両腕をつっこんだ。そして中心の渦を両手で叩き潰した。霧はいいようのない低い断末魔の叫びを残して消えた。

ふりかえると顔面蒼白の青柳君がいた。私は青柳君に今までしたこともない笑顔をしてみせた。あっあっああっ。青柳君はたぶん今までの人生で出した事もない声を出して走って逃げて行った。角のミラーに映る自分を見た。あの痣が顔を覆っていた。

NURO DEVILMAN 作:高崎卓馬 デビルマン 原作:永井豪

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